電車を待ちながら

たぶん気持ちが重いのか、でも一方で「そんなことくらい」のものを
抱いて、でもそいつが思いのほか、けっこう重くて、そういう今日が、今日も過ぎた。

今日は、郵便局、区役所、高島屋、商店街のところのスーパーに寄った。
明日は喪明けで、高島屋で来てくれる人へのお返しのおまんじゅうを買った。

昨日の夜からまたちょっと調子が悪くなってしまった。
でも今日はちょっとマシかな。
すこーしずつ、すこーしずつ、上げていかなくては。
でも、そのすこーしずつの過程が、思いのほか、重い。
何もすることがないから(固定の用事がほぼないから)、楽でしょう、
というわけにはいかないことに、こういうものなのかなというのと、昨年の就職活動を
思い出したりして、所属していないことの重さなのかな、とか思ったり。

ただ、回復していないから重いというのも、あるのかもしれない。
開き直ったらいいのかなと思いつつ、そういう心理状態へ移行していないな。
どうして、という問いと、それと一緒になっている記憶の中の痛み(重さ?傷?)が
にじんでくる。
たぶん、疲れてしまったから、そういう部分が前面に出てきてしまうんだろな。
どこが痛いのか、明確に場所が特定できる体の反応とは違って、体から乖離した「痛み」
そのものを、体全体で滲むように感じている、みたいな感覚だ。
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# by okumaki_hot | 2007-10-20 01:22  

日常のごく一部の表面だよ

好きな人は東京にいて、
友達も、多くは東京にいて、
仕事も私が目指している業界においては東京に集中している状態、とな。

でも大阪には、おばあちゃんがいる。
仏壇屋さんがあって、その向かいには銭湯がある。
銭湯は岸里~花園町の間になんと4軒もある。
銭湯では、おばあちゃんたちが「こんにちはぁ」と言い合ってはって、
おお、温泉コミュニティ成立!してるんやなぁって。
番台のおじちゃんが、「ありがとう、おおきにぃ」って笑顔で送ってくれた。

今日、ビックイシューを売っている人に、西梅田で会った。
この人、知ってる。半年以上前も、同じ場所でビックイシューを売ってはった人や。
今月のビックイシューの中の文章「失敗ではないけれど成功もしていない」
という一文と、「かれん」さんが書いている当事者性を奪い返すための闘い、に関する
文章が、気になる。
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# by okumaki_hot | 2007-10-17 01:48 | ● 日常